■たまにはこういう変化球も: Tom Canta Vinicius

厳密にどころか、完全にジャズではありません。

でもたまには、こういうのも良いのではないでしょうか?

 

心が洗われるようで、強烈にリラックスできて、神がかったような不思議な空間を体験できて。

 

世界的な作曲家が、これまた世界的な作曲家へ捧げた音楽。

From 神 to  神(笑)

 

ちょっと変化球ですが、今日はそんな作品のお話です。

ジャズファンの間でも知らぬモノはいないであろう、アントニオ・カルロス・ジョビンの作品。

作品というか、ライブ音源です。

 

しかもライナーによると、これはどうやら、後にライブ盤としてリリースするために撮られたものではないようです。

全くのライブ。

 

その証拠にというのが適切なのかどうかは分かりませんが、このライブが行われた後10年間、CD化されることはなかったわけです。

 

ちなみにこのライブというのは、タイトルからも分かるように、ジョビンが伝説の詩人・作曲家ヴィニシウス・ヂ・モライスの曲を唄うというものです。

1990年1月、ヴィニシウスの没後10年を記念して行われたイベント、ここに参加しているのは、ジョビンの他に、

 

  ジャキス・モレレンバウン(Cello)

  パウラ・モレレンバウン(Vo)

  パウロ・ジョビン(Vo, G)

  ダニーロ・カイミ(Fl, Vo)

 

と、豪華。

 

ゆったりと、非常にリラックスした雰囲気で進んでいきます。

それにしても、キレイな作品です。

全編通して透明感で満たされた、雰囲気。

これは、やはりヴィニシウスの曲、詩が素晴らしいからなのか?

それとも、トム・ジョビンをはじめとする、超一流どころが奏でているからなのか?

 

たぶん、そのどっちもなのでしょう。

 

ポルトガル語は一切分からないが、どうして伝わるのでしょうか?

メッセージが伝わるという意味ではなく、なんというか、その場の雰囲気であり、その感情であり、その表情というか。

うまく表現するボキャブラリーを持ち合わせていないのが非常に残念ですが、トランスナショナルな「伝」というのは存在するんだなあと思う訳です。

 

このブログですらそうですが、「伝える」というのは非常に難しいです。

 

自分では「伝えきった」と思っていても、誤解が生じることもあるし、

そもそも「伝えきる」ということが、はたしてできるのかどうか?

 

「ほんとは、こう言いたいだけど」

「いやいや、オレはこんなことが書きたいんじゃなくて・・・」

 

という感じで、色々ともやもやが生じるものなんです。

 

ヴィニシウスにしろトム・ジョビンにしても、はたして、彼らが思うレベルで表現しきっているのかどうかは知る由もありませんが、彼らレベルのアーティストが作品を世に出すということは、少なくとも、その時点では納得を得たうえでのリリースなのでしょう。

 

そうすると、わずか2分程度の曲の中で、これほど濃密な時間を創りだして、後世まで語り継がれる表現を残すということは、とんでもない想像力であり、表現力なんだなあと思わずにはいられないわけです。

 

まあ、何というか、こういう理屈っぽいことも含めて、様々な感情・思考にゆさぶりをかけてくる作品です。

 

ぜひ、まだお聴きでないなら聴いてほしい1枚です。

 

ちなみに、ジャズファンにもおなじみ、「イパネマの娘」もやっています。その後、なぜか日本語で「どうもありがとう」と言っています。リオでの録音のはずなのに。

 

そして、最後の曲が終わる瞬間の神がかった雰囲気を。

是非是非お楽しみください。

 

収録曲はこんな感じ。

 

 

  1. 別れのソネット
  2. ユリディスのワルツ
  3. 別離のセレナーデ
  4. 愛の不安
  5. インセンサテス
  6. ポエティック
  7. 君がいなければ
  8. 最後の春
  9. モヂーニャ
  10. あなたを愛してしまう
  11. トムへの手紙~トムからの手紙
  12. フェリシダージ
  13. 君と僕
  14. カリオカのサンバ
  15. 彼女はカリオカ
  16. イパネマの娘
  17. 君の瞳に